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差し迫った脅威は人類自身の活動?
海部宣男
ジョエル レヴィ:著、Joel Levy:原著、柴田 譲治:翻訳
中央公論新社
1,995 円
ISBN: 4120037495

 この夏ヴァチカンで、大作「最後の審判」をつくづくと見た。ミケランジェロの力こぶが伝わってくる。ローマ法王庁の仕事だから当然だが、世界の終焉[しゅうえん]を描くということ自体、芸術家に渾身の力を絞らせたに違いない。首の疲れも忘れて天井画を見上げる人波の中で、そんなことを考えた。

 仏教にも末法思想があり、北欧神話は終末戦争を語る。人間は未来というものを知ったときから、自分自身の死とともに、世界の終末まで考えずにいられない宿命を背負った。ミケランジェロの時代、世界とは神が創った世界で人間はその中心だから、「最後の審判」は世界の終焉そのものだった。いまの私たちは、重層的な世界を知っている。宇宙、太陽系、地球、地球の生命、人類、人類文明、現代社会。「世界の終焉」にも、いろいろある。そして神の裁きではなく、自然界の摂理がもたらす厳然たる終焉を考えるようになった。中でも文明社会の運命は、いまや大きな関心の的である。人類の活動規模が巨大化し、地球環境全体に影響を及ぼしている。科学データに基づく警告が出され、自身の行いの重大性に気づきはじめたからだ。

 本書がこれまでの類書と異なるのは、文明活動による危機だけでなく、生活を脅かすレベルから地球的破滅に至る大災害まで、考えられる脅威を徹底的にリストアップし、検証していることである。大項目は、ナノテクや新病原菌など科学技術の暴走、テロと戦争、人類が引き起こす生態系の破壊、温暖化と気候の大変動、地球・宇宙規模の天変地異。それらをさらに具体的可能性に分けて検討する。個々の議論だけではわからない人類と地球生命の将来が、全体的に見えてくる仕組みである。さらに丁寧にも、脅威ごとに過去の発生例を挙げ、将来の可能性を調べ、最後に評価を下す。(1)発生の可能性、(2)発生した場合のダメージ度、(3)その二つを掛け合わせた総合的危険度で、0から10までの数値評価を示すのだ。まだ科学的調査が進んでいなかったり確率的にしかわからないこともたくさんあるから、最後は著者のエイヤの危険度評価ではある。荒っぽいが、わかりやすい。そして数値を並べてみれば、ああやはり、人類自身の活動こそが差し迫った脅威という結論になるのだ。これだけの事実を集めた努力、押し寄せる深刻な脅威にくじけず分析評価をやりとおした著者の果敢さに、敬意を表しておこう。人類文明がいま自分と子孫に対して何をしているのかをおぼろげにではあるがさらけ出し、まだわからないことがいかに多いかも総合的に示した、「人類のリスク概論」である。

 具体例をひとつ。地球や宇宙の変化はおおよそ予測可能だし、ゆっくりだ。しかし地球・宇宙規模の突発的大災害もある。超火山、火山島の崩壊による巨大津波、巨大隕石の衝突などである。超火山は大爆発したピナツボ火山の百倍も激しく、全地球に「火山の冬」をもたらして大部分の生命を死滅させる威力を持つ。本書でいう「ダメージ度」は、10である。超火山の危険性が注目されはじめたのは、最近だ。七万四千年前、スマトラのトバ山の噴火が最近の超火山爆発というが、このとき人類はほとんど絶滅しかけたらしい。そんな爆発の候補はといえば、いくつもある。イエローストーン国立公園は六十五万年前の超火山爆発の名残りで、しかもほぼ六十五万年ごとに爆発を繰り返したことがわかっている! 数万年以内に超火山が爆発する可能性は、かなり高いのだ。そしていまのところ、手の打ちようはあまりない。著者によれば「超火山の噴火は文明が直面する最も深刻な脅威の一つ」だ。総合危険度は、7である。

 だが著者が総合危険度で最高の7という評価をつぎつぎに下すのは自然災害よりも、人類文明が引き起こしつつある数々の脅威においてだ。「持続不可能な」大量消費によるエネルギーや新物質の大量放出で、大気でも海でも陸でもエコシステムの破壊が確実に進みつつあることが示される。結果はなかなか恐るべきもので、世界的飢餓、野生生物の衰亡、地球温暖化などの複合的な効果が、遠からず文明社会の崩壊につながると、著者は予測する。加速する温暖化傾向がさらに大きな気候変化の引き金になり得るというのも、不気味だ。「もう手遅れになりかかっている」と著者は言うが、そうかもしれない。人類が起こしつつある地球環境変化の傾向は、もう当分止められないのではないかというわけだ。その後に何が来るのか? いまのところ、誰にもわからない。

 付け加えるなら、おぼろげにせよ恐れに半分眼を閉じながらにせよ、そのように自分の世界の終焉を考えることができるようになったのは、科学的研究、考察によるものである。そしてもし脅威を避け、あるいは軽減し引き伸ばすことができるとすれば、それも科学的調査研究を踏まえた人類自らの英知に頼るしかないだろう。

<毎日新聞 2006年10月1日>
世界の終焉へのいくつものシナリオ
ジョエル レヴィ:著、Joel Levy:原著、柴田 譲治:翻訳
中央公論新社
1,995 円
ISBN: 4120037495
沈黙の春
レイチェル・カーソン:著
新潮社
660 円
地球生命圏―ガイアの科学
ジム・ラヴロック:著、十川 治江:編さん、スワミ・プレム・プラブッダ:翻訳
工作舎
2,520 円
浪費するアメリカ人―なぜ要らないものまで欲しがるか
ジュリエット・B. ショア:著、Juliet B. Schor:原著、森岡 孝二:翻訳
岩波書店
2,520 円
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
ジャレド・ダイアモンド:著、楡井 浩一:翻訳
草思社
2,100 円
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