飯島真理という歌手のことを、ごぞんじだろうか。日本生まれだが、今はアメリカでくらしている。そして、あちらのアニメ好きに、絶大な人気をほこっているという。
かつて、彼女は『超時空要塞マクロス』というアニメの挿入歌を、うたっていた。劇中の少女歌手であるリン・ミンメイの歌声をふきこんだのは、彼女である。
もっとも、アメリカでテレビ放映された『マクロス』では、彼女の声がけされている。アメリカ人のヴォーカルに、さしかえられた。だから、アメリカのテレビで『マクロス』を見た人々は、彼女の声をきいていない。
ただ、『マクロス』は、アメリカでも若い世代の心をつかんでいた。日本でつくられた劇場用の『マクロス』が、海賊版で普及してもいる。著者によれば、これがアメリカにおけるアニメ熱の、さきがけであるという。
そして、彼地のファンは、この海賊版で知ったのだ。本物の『マクロス』では、飯島真理がミンメイになってうたっていたことを。
彼女は、渡米後も歌手活動をつづけている。英語でしゃべり、英語でうたうステージを、くりひろげた。そんな彼女に、アメリカの『マクロス』ファンは、要求する。日本語でうたってよ。ミンメイの「愛・おぼえていますか」、「私の彼はパイロット」を、日本語できかせてよ、と。
英語のできる彼女には、これがくやしかったらしい。また、自分はミンメイじゃあないという反感も、つのらせていた。しかし、二一世紀になって、彼女は彼らの要望をうけいれる。『マリ・イイジマ・シングス・リン・ミンメイ』というCDを制作した。のみならず、ステージでも、ミンメイの歌をうたうようになる。二十年ぶりの和解ではあった。
『マクロス』では、ミンメイの歌声が武骨なゼントラーディ人の軍国思想を解体する。同じように、『マクロス』以後、アニメはマッチョなアメリカ文明へ、浸食しはじめた。ミリタリズムのアメリカへも、オタク文化をうえつけだす。これを「デカルチャ!」とよぶ著者の機転に、拍手をおくりたい。
アメリカでは、ドリカムや宇多田ヒカルも歌手活動をつづけている。しかし、ステージにあつまるのは、おおむね日本からの留学生であるらしい。日本の音楽は、まだまだアメリカにはとけこめていないというべきか。
しかし、アニメの主題歌となれば、様相は一変する。『ガンダムSEED』のTMレボリューションがひらいたライブには、アメリカ人がおしよせた。『るろうに剣心』のラルク・アン・シエルも、彼地でデビューする。『ハイ!ハイ!パフィー・アミユミ』でのパフィー人気も、あなどれないらしい。J・ポップも、アニメによりそえばアメリカへとどく時代が、やってきたのである。
日本のアニメが、アメリカで変形されてしまうところも、興味ぶかい。『宇宙戦艦ヤマト』からは、日本色、あるいは大和魂がほぼ一掃された。重厚かつ荘重なデスラー総統の声も、“オカマ言葉”にふきかえられている。
セクシーな場面も、削除される傾向にあるという。『セーラームーン』のコスチュームも、批判されやすい。総じて、日本アニメは、チャイルド・ポルノめいてうつるのだという。古き良きアメリカが、アニメで汚染されだしているという声もあるそうだ。いつか、「文明の衝突」が、この文脈で語られる時も、こないとはかぎらない。