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大量消費に抗する暮らしの場の実践
池澤夏樹
ドネラ H.メドウズ:著、カブ・ヒル・コーハウジング:著
生活書院
2,835 円
ISBN: 4903690083

 世界は今も『成長の限界』という一冊の書物が落とす大きな影の中にいる。

 一九七二年に刊行されたこの本によって、人類の未来がずいぶん暗いものであることが明らかになった。人口や工業化、汚染、食糧生産、資源使用などの成長率が現在のままだと、百年以内に限界が来て、「人口と工業力のかなり突然の、制御不可能な減少」が起こるというのだ。

 当時から漠然とあった未来への不安を具体化し、科学的な裏付けを与えたのがこの本だった。我々はみなこの警告を意識しながら生きている。京都議定書も、アル・ゴアの『不都合な真実』も、この本の延長上にある。

 ではどうすればいいのか?

 この本はまず『成長の限界』の代表的な著者だったドネラ・メドウズが、その後、彼女なりの解決を求めた具体的な行動と思索の記録である。そこにコーハウジングという新しい生活形態の実例、日本で似たような暮らしかたをしている人たちの話などが加わる。

 環境問題は実際にはパブリシティーの応用問題である。資源を節約し、廃棄物を減らし、つつましく生きる。これは反論のできない大義だ。では、この目標に向かって人々をどう導くか。大量消費を煽(あお)る普通の広告にどう対抗するか。

 『成長の限界』という本そのものが優れた広告だった。不安に科学的な根拠を与え、甘い楽観説を論破し、「持続可能な経済」や「グローバルに考え、ローカルに行動する」などの強烈なキャッチ・フレーズを送り出した。

 この本に再録されたドネラ・メドウズの「地球市民」という新聞連載のエッセーも、一本ずつが静かに語りながらひたひたと強く迫る訴えであり、工夫に富んだメッセージである。

 「もし世界が一〇〇〇人の村だったら……」で始まる「村の現状報告」はその後「一〇〇人」版の方がインターネット上で流布し、多くの人の手が加わった上で書物として刊行されベストセラーになった(あるいはメドウズにも先駆者がいたのかもしれないが)。

 「世界は売り物ではない。私も、だ」という言葉も紹介される。ジョゼ・ボヴェというフランス人が言い出したもので、彼はアメリカの強欲な牛肉売り込みに反対して、自分の町に建設中だったマクドナルドを解体した。

 この本の核心はコーハウジングだ。もっと消費を抑えよと人々にお説教するだけでなく、どうすれば資源を浪費せずによい暮らしができるか、モノを買わずに幸福感が得られるかを積極的に考える。その結果、暮らしの場そのものを最初から作り直すという発想が出てくる。発想は具体化され、一つの小さな村が作られる。

 人の暮らしの場をコミュニティと呼ぼう。その内容を住民同士の協力の度によって分けると、近隣住区、分譲住区、コンドミニアム、コーハウジング、エコ・ビレッジ、コミューン、となる。協力の度というのは、そこを営む基本思想への共感の度ということだろう。近隣住区というのは普通の町だ。住民はいわば烏合(うごう)の衆。コミューンは対照的にとても緊密な集団生活の場で、その先には究極の生活共同体としての修道院がある。

 コーハウジングはゆるい。分譲の集合住宅を買うかわりに、仲間で土地を見つけてみんなの家を建てる。いわゆるマンションの形の集合住宅でもいいけれど、ドネラ・メドウズと仲間たちが作ったのは一群の一戸建て住宅だった。田舎だから、農業をするつもりで移り住む人が多かった。ある程度まで協力して生活を営むことで無駄を省く。週に二、三回はコモンハウスという大きな共同の建物の食堂に集って一緒に食事をする。畑仕事でも互いの労力を融通し合う。

 カブ・ヒル村と名付けられたこのコミュニティでは、やはり農業の喜びが語られる。消費に走らなくても満足の得られる暮らしだと人々は言う。スーパーマーケットで売られる農産物の価格の五パーセントしか農家に渡らない不合理と、それに地産地消で対抗する意義が論じられる。一種の農本主義。

 この本を訳し構成した建築家たちはカブ・ヒル村まで行って、住民たちにインタビューをしている(ドネラ・メドウズは二〇〇一年に亡くなったけれど)。日本のコーハウジングの実例についての報告もある。

 印象で言うと、カブ・ヒル村はコーハウジングからもう一歩だけエコ・ビレッジに寄っているようだ。都会なら、また住民の思想がまちまちだったらどんな暮らしが可能か、それも知りたいと思う。

 このままで行けば「人口と工業力の……制御不可能な減少」に至るとわかっていても人は行いを改めないのだろうか? 善意と知性に期待できるのか? 今が危険な時期で、努力でここを乗り越えれば先に希望はあるのか?

 環境と生活と未来について考えるべきことは多い。これはその出発点として優れた本である。

<毎日新聞 2007年8月5日>
「成長の限界」からカブ・ヒル村へ―ドネラ・H・メドウズと持続可能なコミュニティ
ドネラ H.メドウズ:著、カブ・ヒル・コーハウジング:著
生活書院
2,835 円
ISBN: 4903690083
地球のなおし方
デニス・メドウズ:著、枝廣 淳子:著、ドネラ・H.メドウズ:著
ダイヤモンド社
1,260 円
限界を超えて―生きるための選択
ドネラ・H. メドウズ:著、ヨルゲン ランダース:著、デニス・L. メドウズ:著、Donella H. Meadows:原著、Jorgen Randers:原著、Dennis L. Meadows:原著、松橋 隆治:翻訳、茅 陽一:翻訳、村井 昌子:翻訳
ダイヤモンド社
2,310 円
不都合な真実 ECO入門編 地球温暖化の危機
アル ゴア:著、枝廣淳子:翻訳
ランダムハウス講談社
1,260 円
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