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顔の見える「ものづくり」へ
森谷正規
奥山 清行:著
祥伝社
1,680 円
ISBN: 4396612907

 夏の山形に一五年ぶりに帰って、山の中などにクルマの残骸や冷蔵庫、テレビ、家具などが大量に捨てられて無残な姿をさらしている情景を見たことが、奥山清行がピニンファリーナを退職して日本に帰る一つのきっかけになった。奥山は、GMのデザイン部門で三年連続一位になるなど大きな実績を上げてチーフデザイナーになったのだが、自分の作品をつくりたい、残したいとの思いが強く、給料が三分の一になるイタリアの自動車デザイン会杜であるピニンファリーナに入った。ここでも大きな成果を上げてデザイン・ディレクターになったが、イタリアの「ものづくり」を日本に持ち込もうと、帰国したのだ。イタリアでは、人の一生以上に長く愛用される素晴らしいものがつくられる。

 奥山は、日本の「ものづくり」に携わる職人を高く評価している。器用さが抜群だが、日本の職人の特徴は与えられた仕事をこなすだけでなく開発能力を持っていることだと言う。つまり、より良いものにしていく大きな努力を重ねて確かな成果を上げることである。いま伸び盛りの中国や韓国では、それは難しい。

 また、想像力と自己犠牲を日本人の特質として挙げる。想像力は他に対する思いやりであり、それは未来の客の姿を想像することに役立つ。自己犠牲は、全体を見て何が大切であるかを知って、自分が我慢をしてでも大切なことに寄与することにつながる。奥山は長年にわたって海外で仕事をしてきて、日本の良さがよく見えてきたようだ。

 ところが、その良さがいまの「ものづくり」に十分には活(い)かされていないのがもどかしいのだろう。そこで、日本の職人に足りない点を指摘する。その一つは、寡黙に過ぎることだ。したがって、優れた技能の神髄を探り出すのに苦労する。また問題があれば開発能力を活かして見事に解決するのだが、基本的に受動的な姿勢であって、問題がないと解決能力は劣化していく。

 大量生産が中心の日本製品には、職人の優れた力が活かせる場が少なくなっている。大企業は良い製品を安くつくる能力は抜群であったが、いまでは、中国、韓国がかなり良い製品をとても安くつくるようになって脅威にさらされている。奥山は、日本製品の問題点を「顔」が見えないことだという。ソニー、パナソニック、トヨタのブランドはあるが、製品に各社の違いを見いだせずアイデンティティがないのだ。

 それは消費者のせいでもある。イタリアでは、客は金を出すけど、口も出す。「主体的な価値観」つまり自分の好きなものへのこだわりを持っているのだ。一方日本は、大企業の製品を信じきって買うので、真のブランドが育たない。

 奥山は、日本の「ものづくり」に関していくつもの良さを挙げ、弱点、問題点も次々に挙げる。それが日本の確かな姿なのだが、良さが大いに活かされたのがかつての時代で、いまは弱点の方が露になっている。その事実を正しく認識すれば、新たな方向を探っていくことができるはずだ。

 日本は「切り捨ての文化」を持ち、複雑な中に「シンプル」を求めていき、「もの」に「いのち」を吹き込んできたのであり、それをもとに日本のアイデンティティを確立しようと言う。そこで必要であるのが、将来、売れると判断して種を蒔(ま)く農耕型の「ものづくり」である。奥山はそれを「山形工房」で地元企業とともに実践して、鋳物、家具、繊雑などの優れた製品を創造し、海外で高い評価を得ている。職人は日本全国にいるので、デザインと結び付けば、それぞれに世界ブランドになる。

<毎日新聞 2007年9月23日>
伝統の逆襲―日本の技が世界ブランドになる日
奥山 清行:著
祥伝社
1,680 円
ISBN: 4396612907
プロフェッショナル 仕事の流儀〈7〉
茂木 健一郎:編集、NHK「プロフェッショナル」制作班:編集
日本放送出版協会
1,050 円
日本の森と木の職人
西川 栄明:著
ダイヤモンド社
1,575 円
職人学
小関 智弘:著
講談社
1,680 円
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